ステップ(4)スピーカーのセッティングを見直そう
ステレオ再生のポイント
左右のスピーカーの音を正しく合成しよう
20世紀初頭にオーディオが発明されてから、1950〜1960年頃まで録音方式はモノラル記録(1Ch)で行われていました。その後、さらに豊富な情報を記録するために記録方式はステレオ(2Ch)になり、音声が「左右という二つの信号」に分けられて記録されるようになりました。
ステレオ方式による音声記録では最低でも2本以上のマイクを使用するため、「一点で録音」された音声を「一点で再生」するモノラル方式とは違い、録音時と再生時の「音の広がる方向」などの条件を同じにしておかないと、再生時に録音時と同じ「音の広がり」が正確に再現されなくなってしまうのです。
つまり、「記録時にマイクをセットした条件(指向などの条件)」と「再生時にスピーカーを設置する条件(指向性など)」が一致しなければ、空間のイメージが完全に元に戻らないのです。そのため、安易なマルチマイク録音のソフトでは「再生時に音が綺麗に広がらない」、「楽器の音が混濁する」などの問題が見受けられます。
(残念ながら、現在もステレオ録音はきちんとした規格に基づいてマイクの位置が定められた上で録音されているのではありません。21世紀にスタートする最新フォーマットのSACD・6Ch録音では、スピーカーの設置位置と角度の関係が定められました)
スピーカーには指向性があり、スピーカーから出た音は均一に広がらず、場所によって「音量差」が生じています。もし、私達がほんの僅かな「音量差」でも感じとれるなら、左右のスピーカーから出た音が広がる「方向」や重なるときの「タイミング(重なるところまでの距離)」をきちんと合わせておかなければ、「空中で音が重なるときの僅かな左右の音のズレ(音の大きさに違い)」に違和感を覚えるはずです。
つまり、左右のスピーカーの位置関係がきちんと合っていないと「空中での左右の音波の合成」が上手くいかず「左右の音が重なったときに音が濁って(音が歪んで)」しまうのです。
試しにモノラル音源(音楽)を左右個別のスピーカーで聞いた後、両方のスピーカーを同時に鳴らして、同じ音源(演奏)を聞いてみてください。左右個別にスピーカーを鳴らしたときよりも「音が濁って」感じられませんか?もし、そう感じられたなら、それは左右のスピーカーの音が「正確に合成されていない」ために生じている濁り(合成時に歪みが生じている)なのです。
私達、逸品館のプロフェッショナルは、少しでもいい音を聞いていただきたい一心で「この音の濁り」をなくすため、何時間も、あるいは何日もかけてスピーカーの位置を「経験と聴感を頼り」に非常に精密にセットしたのです。
しかし、イベントがあれば否応なしにそのスピーカーを一旦片付けなければなりません。せっかく入念に位置決めしたスピーカーの音が変わるのが嫌で、設置場所にマークをつけ、相当神経質にスピーカーを「元の場所」に戻すように注意をしているにもかかわらず、一度スピーカーを動かしたが最後、良かったはずの音が決して元には戻らないことが度々ありました。
スピーカーの設置位置はかなり正確にマークしてあるため、前後や左右方向に1o以上ずれるということは考えられません。では、いったいどんな原因でスピーカーの音が変わってしまったのでしょう?
それは、こういうことです。スピーカーから出る音をレーザー光線のように直進性の強い光だと考えてください。
もし、スピーカーが正しい角度で二等辺三角形の底辺に設置されているなら、スピーカーから出た光は「三角形の頂点C」で「まったく同じ長さ(距離):A=B」で交わります。(図左)この関係が成立する条件では、左右の音波は「位相が一致した状態(左右の音の大小のタイミングが合った状態)」で合成されることになります。
しかし片方のスピーカー(B辺)の角度がほんの少し変わるだけで、直進した光が「ぶつかりあう交点(頂点C)」までの「長さ(距離)が大きく変わって:A≠B」しまい、「左右の音波の位相が一致しない状態(左右の音の大小のタイミングがズレた状態)」で合成されてしまうのです。
小さな設置位置の違いが、これほどまでに大きな音質差を生み出す原因はこれ以外には考れません。音が出て(ユニットの位置)から音がぶつかるところ(三角形の頂点)までの距離が等しくないと、指向性を持つ音波の位相がズレ(音の上がり下がりのタイミングがズレ)て重なるため「音波の合成」が上手くいかないことが問題となっているはずなのです。
レーザー光線を使うセッティング
そこで、この誤差を限りなく「ゼロ」近づけるために、次のような方法を考案しました。レーザー光線の直進性を利用してスピーカーの位置決めをおこなうやりかたです。
まず最初は、スピーカーの左右の側壁に「レーザーポインター」を沿わせ「発射させたレーザー光を一点で交わるようにスピーカーの角度を調整」し、さらにスピーカーとレーザー光の交点までの距離を合わせるというテストを行いました。こうすることで、スピーカーから出る音は「正確な位相で重なって合成」されるはずです。
結果は素晴らしいものでした。音の広がりはもちろんのこと、「合成される二つの音波の位相が合致する」ことで、音の鋭さや、レンジ感までも改善され「驚くほど音質が向上」しました。
それまで、何日もかかっていた「ベストセッティング」が一瞬で完了したのです!
その感激と興奮はすごいものでした。続いて、デモ・ルームに設置されている全部のスピーカーをこの方法でセッティングし直し、その「大きな効果」が偶然でないことを確認したのです。
レーザーセッター誕生
しかし、この方法にはまだ少し欠点がありました。ひとつは、「レーザーポインターに光軸のズレ」があり、ポインターの当たりはずれで、思いの外大きな角度誤差が生じてしまう場合があること。もう一つは、「垂直方向の角度のズレ」を調整できないこと。
そこで、スピーカーからレーザー光を発するのではなく、リスニングルームの任意の一点を「基点」とし、そこからレーザー光をスピーカーに取り付けた「反射板」めがけて照射し、反射してくるレーザー光を正確に「基点」に戻すことで、精度を向上させる方法を思いつきました。こうすれば、「基点に対するスピーカーの水平と仰角の角度誤差」を「限りなくゼロ」に近づけることができるのです。
角度誤差をゼロにした後に、「基点」と「反射板を取り付けたスピーカーのバッフル面」までの距離を左右で同一にするため、伸びの少ない紐を使い、基点とそれぞれのミラーまでの距離を合わせれば、左右のスピーカーから出た音は「ほぼ完全な同位相で合成される」はずなのです。
レーザー光線とミラーと紐を使って位置を決める
この方法で左右のスピーカーの水平及び仰角の角度誤差を完全にゼロに、距離誤差を数o以下まで追い込んでから音を出したところ、先ほどのやり方よりも遙かに改善効果が大きく、ついにスピーカーは完全にリスリングルームから消え、眼前には未だかつて経験したことがない「広大な音場空間」と「明瞭な定位」が実現されたのです。
また、先ほどと同じように「音の広がり」だけが改善されたのではなく、音の立ち上がりが鋭くなり(音の切れ味や音抜けが大きく改善され)「音楽の躍動感」や「ダイナミックレンジ」、「低域のもやつきも」など、音楽を楽しむために重要な要素すべてがさらに大きく改善されたのです。また、リスニングポジションだけではなく、部屋全体の音質が一気に改善されたことも大きな驚きでした。
この方法により正確に位置決めされたスピーカーの音を聴いた後では、従来のセッティングによる音は、モコモコしてレンジが狭く、スピーカーの周囲に音がへばりつき、広がりと生気のないつまらないものに感じられてしまうようになりました。もはやこの方法以外でスピーカーをセッティングすることはできなくなったのです。
しかし逆に、水平と仰角の角度誤差が少しでも生じたり、たとえ角度誤差がゼロでも、距離誤差が数oを越えてしまうと、途端に改善効果が失われてしまうこともわかりました。
このすばらしい効果を誰でも簡単に実現できるよう「レーザーセッター」と名付けた「スピーカー位置決め装置」を「クリプトン」と合同で製品化しました。
この、レーザーセッターの効果を実際に御体験いただくべく、何度かオーディオ・エキスポ・A&Vヴィレッジのブースにて実演を行った結果、たった5分ほどのスピーカーの調整の後、音の世界がまったく変わってしまうことを会場にいらっしゃったお客様全員に御納得いただけたのです。
音を良くするために本当に重要なこと
レーザーセッターの効果から考える
この「空間で音が合成されるときの音のズレ」は、今までほとんど問題とされていませんでした。しかし、それがどれほど大きな落とし穴であったかは、レーザーセッターを使えばすぐにわかるはずです。
実は、レーザーセッターを発明して一番驚いたのは、その音質改善効果ではなく、このような音質上の大きな問題点がステレオ再生が始まってから今まで、ずっとそのまま放置されていたことなのです。
メーカーや評論家、雑誌社などは、高額な機材や測定機器を買いそろえたり、いたずらに紙の上で議論を戦わせる前に、もっとしなければならないこと「ユーザの利益とは何か?」一番大切なことを忘れていたのではないのでしょうか?
簡単なことを難しい言葉で説明するのは良い方法だとは思いません。いいえ、簡単なことを難しく言いすぎるから「オーディオがおかしくなっている」のではないのでしょうか?
インターネットの上の討論も、マニアが評論家に習ったような言葉を好んで使ったり、個性では済まされないほどの「著しい偏よりを感じる」ことが多いのは、金銭的な利益追求から切り離されているだけに残念です。
高額な機器を生産・販売するだけで、「どのように使えば良い音で鳴らすことができるか?」という、一番大切な情報をお客様に提供できなかったからこそ、オーディオ業界は沈下しているのではないのでしょうか?
極論を述べるなら、オーディオとは「音楽を楽しむ手段」そのものであるはずで、「手段自体が楽しみ」となっているようでは「本末転倒」なのではないのでしょうか?
オーディオを「ただの機械いじり」とは、「一線を画した趣味」として考えたいと思うのです。
一旦ペンを置き、あるいはパソコンのスイッチを切って、自然の物理法則に沿って進化してきた「人間の感覚器官の素晴らしいしくみ」を医学・生理学名な角度からよく見直すことが必要です。
そして長い年月の間、試行錯誤と深い探求を繰り返し、見事な論理の上に構築されている音楽という「音と人間の関係からなる芸術(学問)」に敬意を表し、オーディオ理論からではなく私もそこから多くを学んだように、大メーカーも外側から謙虚に学ぶことを怠らなければ、ステレオの音は、今よりも何倍もあるいは何十倍も素晴らしいものになり、インターネット上のマニアの討論も、もっと実りある内容になるはずだと思うのです。