「錯覚」は「記憶」だけではなく、「思いこみ」でも引き起こされる。それは、次の図形を見るとよく分かるはずだ。
上下の「直線」の「長さは等しい」が、直線の左右につく「矢印の方向」で「長さが違って」見える。有名な「だまし絵」の一つであるが、物差しで測ってみないことには「直線の長さが同一だとは納得できない」ほど、強い「錯覚」を引き起こす。
更に、もう一つだまし絵をご覧頂こう。
上下の線は「平行直線」であるが、「曲がって」見える。このような「だまし絵」は数多く存在し、例を挙げれば切りはないが、人間は無意識に「比較」して「認知」を行うため「比較対象」により「認知すべき対象にゆがみ(違い)が生じる」という実例である。
この「錯覚」は「記憶」とは無関係で、いわゆる「思いこみ」による「錯覚」である。当然、「音を聞く」ときにも、思いこみによる「錯聴」は引き起こされる。これらの「だまし絵」のように「避けられない錯覚」もあれば、先ほどの「LIFE」のように「意識的に認知を切り替える」ことにより、かろうじて「錯覚」を回避できることもあるが、どちらにしても機器の試聴を行うときには、「思いこみ=先入観」を捨てることが大切だ。 |
先入観がいかに「聞き取れる音質に影響を与えるか?」それを知る良い事例に、私の失敗談を挙げよう。
S/Aロジックのサブウーファーを導入して間もない頃、私は必死に「最適な音量」を得るために「聞こえない低音」に耳を澄まし、システムの調整を行っていた。(実際、S/Aロジックのサブウーファーは、高域がデジタルで急峻に遮断されているため「耳に聞こえない低周波」だけが再生されるため、よほどの音量でない限り、ウーファー単体の音が聞こえることはない)
ボリュームを何度もセットし直し「ここが一番音が良い!」というポジションを探し出してほっと一息ついたとき、サブウーファーを鳴らすパワーアンプの電源が入っていないことに気づいて愕然とした。サブウーファーからは音が出ていなかったのだ。
がっくりと肩を落としてS/Aロジックの村田さんにその結果を伝えると、マスタリングに際しても「イコライザーがバイパスされていて、つまみを回しても音が変わらないのに気づかず、イコライザー調整を必死でしていた」という複数のエピソードがあると慰められ「思いこみによる、音の聞こえ方への影響の強さ」を身をもって知る良い経験となった。
さらに、後日このとき調整に使っていたソフトに低音が収録されていなかったことが判明し、「明確でない音質差」に対しては「常に謙虚かつ懐疑的であること」が教訓として残った。試聴に際しては、できる限り「客観的」かつ「懐疑的」であらねばならず、自分自身の耳さえ「過信」しすぎてはいけないのである。
試聴に「測定器」を用いることは「強い先入観」を生みやすく、基本的には賛成できないが、「耳ではわかりにくい場合」には、逆に「測定器」を積極的に用いることで「じゃまな先入観」を消すこともできる。双方をうまく使い分けることが大切だ。 |